昨日(土曜)、今日(日曜)と神鍋マラソンの取材・撮影。
かなりハードだったので、夕方、帰宅時はクタクタ。
いったん落ち着いてしまうと、もう動けなくなるので、
荷物を置いて、そのまま自転車屋へ。
若い店員に、状況を説明すると、
「リアのディレイラーが、かなりゆがんでますね。
部品交換できないタイプなので、すぐに修理しましょう」
待つこと40分。「これで完璧です」
えらい!マシーンを修理できる、それだけで、
私なんかは、憧れ、尊敬してしまう。
修理代1880円。思ったより、安くすんだ。
まだ痛いひざをかばうように、ゆっくりゆっくり、家に帰る。
途中、CODA COMPに
「直ってよかったなあ」と語りかけている自分がいる。
CODA COMPは
もう私にとって、単なる自転車以上のものになっている。
アドミレーションセンターの社長室に「アドミ文庫」がある。
社員が読み終わった本を寄贈し、自由に貸し出しできる。
大半が、私が寄贈したもので、「オジンくさい」といわれている。
そのアドミ文庫から、一冊借りて、読んだ。
川上弘美の「センセイの鞄」(文春文庫)。★★★★
この作家のことは何も知らない。
2年ほど前、P社のK氏にこの単行本をいただいて、
読まずにいた。
最初の一章を読んだあたりで、腰巻を見た。
「40歳目前の女性と、30と少し年の離れたセンセイの、
切なく、悲しく、あたたかい恋模様。
谷崎潤一郎賞受賞の大ベストセラーの文庫化」とある。
「あらら、恋模様になっちゃうの。そりゃあ、ないんでないの」
と思ったが、そのまま、淡々と読んでしまった。
ということは、けっこう、この小説好きなのかな。
私の予測は外れ、二人は結ばれることになる。
なんか、不思議な小説。
大ベストセラーって、一体どんな人が読むんだろう。
若い女性なのだろうか?わからん。
「ダヴィンチ・コード」ダン・ブラウン(角川書店)上下を、
娘から借りて読む。★★★★
借りる時、「後半、だれるよ」とのことだったが、
私は最後まで楽しめた。
「神の発見」五木寛之・森一弘で、
インディ・ジョーンズみたいなお話、とあったが、
まさしくその通り。
そういえば、インディ・ジョーンズの映画で、
ナチスと争奪戦を繰りひろげるのも
聖杯をめぐってではないのか。
いまネットで調べたら、やっぱり、そうだった。
この話、西洋では、かなりポピュラーな話なのだろう。
西洋史、キリスト教、聖書など、基本的な知識がもっとあれば、
もっと楽しめたのかもしれない。
この本の中では、ダヴィンチの「最後の晩餐」に描かれている、
キリストの左隣の弟子が、
実は、娼婦(?)マグダラのマリアであるという。
添付されている「最後の晩餐」を見ると、
あら、女性に見える。本当?
巻頭に、[この小説における芸術作品、建築物、文書、秘密儀式に
関する記述はすべて事実に基づいている」とあるのだが、
どうなんだろう。
8月18日(火) 晴れ
お墓参りなどで、お盆休みもあとわずか。
今日こそは走るぞと、
お気に入りの猪名川コース。
猪名川を、上流へ上流へ、快調に走る。
途中、神社の境内で、休憩。
さて、そろそろ引き返すか、とスタート直後、
神社の坂道で、
不精して、サイクルコンピュータを片手で操作しながら、
前輪ブレーキだけをかけてしまった。
からだは、前につんのめり、頭から落ちる。
左頬と左ひざを強打。
どうやら、変速ギアにも負荷がかかり、
故障したらしい。
高速ギアなら、問題なく走るので、
痛むひざを我慢し、家に向かう。
自転車屋は、お盆休み中。
今度の休日に見てもらおう。
修理代かかるだろうな。
まあ、初めての転倒が、これくらいですんで、
ラッキーだったかもしれない。
「神の発見」五木寛之・森一弘(平凡社)読了。★★★★
ブッディストである五木氏が、カトリック司教である森氏に、
キリスト教について、話を聞くという対話集。
キリスト教がテーマではあるが、
仏教についての話も頻繁に出てくる。
五木氏は、ひとつの宗教の中だけでは、
21世紀の心の問題は、語ることができないと、
考えているのだろう。
心に残ったのは、原理主義の方向に向かえば、
ピュアに厳格になるが、混沌とした
豊かなるものは失われていく、ということ。
まあ、当たり前か。
五木寛之。
ベストセラーのかたちをとりながら、
人々の少し先に、灯りをともしていく、
(この書も、そうだろう)
批評家としての先見力、ポジションのとり方を、
私は、高く評価する。
さて、次は、話のなかで登場する
「ダ・ヴィンチ・コード」を、読んでみようかな。
日曜日、晴れ、暑い。今日も走る。
箕面の牧落から、171号線を東へ。
西宿で西国街道に入る。幅5mくらいの旧道。
どこか、街道のたたずまいがわずかに残っている。
道幅がないので、すれ違う自動車に気をつけながら、
ゆっくり走る。スポーツドリンクをこまめに飲む。
幣久良橋(勝尾寺川)を渡り、太田橋(安威川)を渡り、
さらに走ると氷室、萩谷など懐かしい地名が、標識に現れる。
もう高槻市だ。(小学校4年から高校まで、高槻で住んでいた)
芥川橋(芥川)を越えると、おなじみのエリア。
まっすぐ走ると角に一里塚があるはず。
あった、あった。角を曲がれば、芥川商店街。
アイスキャンデー屋もたこ焼き屋もない。
専売公社高槻工場(現在は日本たばこ)の敷地に沿って、
かって住んでいたアパート(社宅)に向かう。
道が広くなっている。あの角を曲がれば・・・
あら、何にもないじゃん。
まさか、そのまま残っているとは思っていなかったけれど、
木っ端微塵、痕跡すら残っていない。
そりゃあそうか、40年経ってるんだもの。
西国街道は、さらに東に続くが、本日は、これまで。
新京町の「力餅」で、親子丼をゆっくりゆっくり食べ、
からだを冷やして、帰路へ。
走行距離40km。
大学の先輩(女性)から、
「アメリカにいる息子が、
クラシック音楽の勉強(ヴァイオリン)をしていて、
京都でコンサートを開く。
ぜひ聴きに来て欲しい」という手紙をもらっていた。
土曜日の夕方、夫婦で京都に行く。
うちの奥さんも、その先輩をよく知っている。
ヴァイオリン、ピアノ、フルートの三重奏。
予想よりレベルが高かったが、
まだ、聴衆を魅了するところまではいかない。
コンサート後のパーティ出席は辞退し、
久しぶりに会った友人(女性二人)と、
4人で、三条木屋町上ルの「めなみ」へ行くことに。
土曜の夜、なかなか席が取れないのではと心配したが、
三条寺町で、ギャラリーを経営している一人が、
仕事柄、よく利用するらしく、何とか席を確保してくれる。
近況報告や懐かしい話題で、大いに盛り上がる。
ぐじの刺身、鱧の落し、冬瓜のあんかけ、加茂なす田楽など・・・
少しずつ注文し、みんなで分ける。
友人二人は酒を少ししか飲まない。
私たちはしっかり飲んで、ワリカン。
一人5000円。★★★★★
いつ来ても、京都の夜は、いいな。
夕方、茨木市のNM社でWebサイトの打合せ。
6時少し前に、打合せ終了。
以前からチェックしていた
JR茨木駅すぐの水餃子の店 哈尓濱(ハルビン)に行く。
(この店は、6時開店)
ビール、水餃子、豚の角煮を注文。
突出しに、ラーメンの麺のような豆腐が出る。
不思議な味、食感。かすかに香ばしくておいしい。
6時15分には、満席で、
あわててやって来た客が、入店を断られていた。
豚の角煮、水餃子もなかなかイケル。
他の種類の餃子を追加しようと思ったが、
少し時間がかかりそうなので、
この日は、これでお勘定。2200円。
今度は、いろいろ食べたい。
★★★★
トランジットライフ マーケティング白書「団塊が電車を降りる日」
編著:辻中俊樹(東急エージェンシー)を読了。★★★
この書の特長は、単にマーケティングデータに基づき、
団塊世代を分析することではなく、
可能な限り、生活者の生の声を拾上げ、
そこから浮かび上がる「団塊世代の男性像」、
そして、「彼らは、どこに行くのか」を提示するところにある。
私自身が、団塊世代なので、
ここで語られていることのほとんどが、
「おっしゃる通り」「そうだよな」で、
あっというまに読み終わってしまった。
ただ、団塊世代が特殊な世代でもなんでもなく、
結局、そのボリュームに、マーケティングとしての意味がある
という指摘は、再確認しておくべきことだろう。
前の世代の大学進学率が、15%であるのに対して、
団塊世代の進学率は、20%。
たかだか5%伸びただけで、大学生の実数は倍増。
世の中、大学生であふれんばかりなイメージになってしまった。
全共闘運動などもあって、ほんとに、そうだった。
実際は違っていたのに。
こういう現象が、象徴的だろう。
新潮文庫「海馬」池谷裕二・糸井重里を読了。
糸井さんのサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」に掲載されていた
対談をまとめたもの。
「海馬」、脳にある、記憶をつかさどる部分。「かいば」と読む。
異分野の人が、ひとつのテーマを語り合うなかで、
お互いに新しい発見をしていくところが素晴らしい。
知らないこと、へーと驚くようなこともいっぱいあって、
とてもとても面白かった。
「いやあ、年齢のせいか、
記憶素子が、ほとんど崩壊しているので・・・」
といった、普段使用している言い訳は通用しないことがわかった。
脳は疲れない。使えば使うほど頭はよくなるらしい。
クリエイティブな仕事をしている人に、
とくに、おススメ。★★★★★