よしもとばなな「デッドエンドの思い出」(文春文庫)読了。★★★
母の家に行く用事があり、往復の電車で読む本がなかったので、
妻の本をちょいと拝借。
短編集。5つのラブストーリー。
読んでいて、ふと村上春樹の小説を読んでいるような気になった。
主人公のキャラクター?文体?なぜだろう。
おもしろく読んだけれど、ばななファンなら、
もっともっと、せつなくて、胸キュンとなるんだろうなあ。
田辺聖子「残花亭日暦」(角川文庫)読了。★★★
執筆、講演に大忙しの著者。家には、車椅子の夫と老母。
後半、新たな病をえた夫の看護が始まる。
そして、その死を看取るまでを日記の形式でつづる。
(夫って、あの「カモカのおっちゃん」だ。つらいなあ。)
おセイさん、見た目は、はんなりしてるけど、
精神の強靭さ、生きるパワー、すごいなあ。
水上勉「仰臥と青空」(河出書房新社)読了。★★★★★
副題が、〔老・病・死を超えて〕とあるように、
景気のよい話ではないが、面白かった。
とくに、子規についての章が、興味深かった。
「悟りという事は如何なる場合にも
平気で死ねる事かと思っていたのは間違いで、
悟りという事は、如何なる場合にも
平気で生きている事であった。」とする子規に、
水上さんは、
『この平気の精神は、死の瞬間まで持続したようである。
「糸瓜咲いて痰のつまりし仏かな」
「痰一斗糸瓜の水も間にあわず」
そして「をとゝひのへちまの水も取らざりき」という
辞世三句の精神は、まさに禅境である。』と記している。
伊賀上野からの帰りの電車で、
五木寛之「新・風に吹かれて」(講談社)読了。★★★★
五木さんの本は、40年弱、読み続けているので、
通いなれた散歩道を歩くが如し。
ときたま、見過ごしていた木や花を見つけることができたり、
新しい道が開けていたり(浄土真宗など)するから、
やめられない。
8月14日(月)
夕方まで、男は、何もすることがなく邪魔らしいので、
バスで、上野市内に行く。
さて、どうして時間をつぶすか。
上野城公園に行き、天守閣に登る。
公園内の芭蕉翁記念館ものぞく。
しかし、少し歩くと、暑さで、クラクラする。
本屋に飛び込み、
五木寛之「新・風に吹かれて」を購入。
喫茶店でかき氷を食べながら読書。
とても散策する元気はないので、
別の喫茶店に入る。
メニューに、スパゲッティ・ナポリタン(うおー、懐かしい)。
もちろん注文する。
この喫茶店は、客が外国人(多分ブラジル人)ばかり。
ひたすら読書。
夕方4時、親戚一同(20人くらいに増えている)集合。
酒宴始まる。
ローカルな話題が多く、ついていけない。
9時前、義兄宅出発。
鐘を打ち鳴らしながら、お寺に行く。
集落の初盆を迎える人々が集合。
それぞれの位牌、祭壇の飾り物などを、焼く。
読経があり、坊さん(浄土宗)の説教がある。
つい数年前までは、焼いた灰を川に流したそうだ。
帰り道、星がきれいで、北斗七星がはっきり見えた。
さすがに、スイカなどをいただき、
みなさん帰宅の途に、とおもいきや、
片隅で、長老が、「なぜ、あの人を呼ばん」と義姉に
説教をたれている。
みなが帰った後、義姉,私たち夫婦、甥夫婦、姪夫婦で、
お供え物を近在の人に配るための分配作業。
終了時刻。1時過ぎ。
これって、もうある種の修行。
甥夫婦は、明日、分配したお供え物(40個)を、
近在のお家に配って回るらしい。
いやー、大変ですわ。
義母の初盆のため、伊賀上野に行く。
3時すぎ義兄の家に到着。
4時には、親戚一同14~15人集合。
酒宴、始まる。
7時ころから、近在の人たちが、
5~10人のグループでお参りに来てくれる。
私たちは、それを迎える。
お参りは10組くらい、時間をずらしながら、次々に。
こうして集落の人たちは、初盆のお家を順に回るとのこと。
今年、この集落の初盆は、5軒。
参るほうも、参られるほうも大変だ。
これでもかなり簡素化がすすんだらしい。
ようやくお参りも一段落だが、
酒宴はなおも続く。
田舎の大広間はクーラーがない。
この日は風もないので、蒸し風呂のよう。
女性陣は、もうへとへと。
こちらもHELP!
8月12日(土)
朝9時 CODA COMPで出発。
キャリアに、輪行袋を搭載。
行けるところまで走って、へたばったら、電車で帰るつもり。
神戸方面の地図を持っているのに、
なぜか、箕面方面に行き、「西国街道」から京都方面を目指す。。
茨木、高槻、山崎を過ぎ、
長岡天神あたりで、「西国街道」をはずれる。
暑い。こまめに水分補給。
なんとなく、桂、嵐山方面に向かって走っているうちに、
洛西ニュータウンあたりに出る。
9号線にぶつかり、京都市内(西大路五条の標識あり)を目指す。
途中、「天下一ラーメン」店があったので、
こってり・にんにく入り・大盛りを注文。★★★★
(やっぱ大盛りはないよな。ちょっと食いすぎた。反省。)
このまま市内に入ると帰りが大変。
いざというときのために、できれば、阪急電車沿いを走りたい。
桂方面を目指しているうちに、「物集女街道」の標識。
これこれ、後は自然と「西国街道」で帰れる。
途中、向日町競輪場により、
クーラーの効いた車券投票所で、休憩。
ついでに500円車券を買うが、かすりもしない。
このまま一気に、我が家に帰れば、80kmだ、
と思いきや、山崎あたりで、急速にへばりが来た。
阪急「大山崎」で、輪行に切り替える。
「南茨木」でモノレールに乗り換え、「少路」へ。
わが家到着、3時半。走行距離50km。
お盆休みの間に、淡路島一周を計画、
宿までとっていたが、
この調子では、とても2日で180kmは無理。
熱中症でひっくり返っていたかも。
他の理由もあって、計画を中止したが、正解だろう。
「暑さにはめっぽう強い」と自負していたのだが。
池辺良「風の食いもの」(文春文庫)読了。★★★
永遠の2枚目スター。
最近は、エッセイストとして活躍している。
食べ物の話しといっても、
戦争末期、フィリピンの小島で、
ミミズやヤドカリまで食べた体験などが中心で、
グルメ本などとは一味違う。
著者紹介を見ると88歳。
次々に新刊を出している。
元気だなあ。
新潮社「さらば大遺言書」森繁久弥(語り)久世光彦(文)を読了。
シリーズ4作目で、最後になった。
車中で読むうちに、不覚にも落涙なんてことが、幾度か。
シリーズ前作「生きていりゃこそ」で、
「森繁さんの語りが、めっきり減った。不満だ」と
イチャモンつけていたが、半分は仕方ないと思っていた。
なにせ、90歳をとうに過ぎているのだから。
と思っていたら、先に、久世さんが逝ってしまった。
「森繁さんが亡くなったら」と、
とっておきのエピソードをいくつか抱えて、
オサラバしてしまったのだろうか、久世さんは。
残念。
アルビン・トフラー/ハイジ・トフラー「富の未来」上・下(講談社) 読了。
ある人にすすめられて、読み始めたが、やっと終わった。★★★
四半世紀も前に、トフラーが「第三の波」で予測した社会が、
いま現実になっている。
一冊が分厚くて、しかも上下巻ある。
正直言って、これだけの頁数、必要なのかなあ。
さっそく、曽根崎の旭屋書店に立ち寄り、
「さらば大遺言書」森繁久彌 /久世光彦を購入。